『ブルージャスミン』 |
近年はヨーロッパを舞台にすることが多かったウディだが、今回はサンフランシスコが舞台。
こわれゆくセレブ女の、現実とのズレと葛藤を映し出す、大人のための寓話。本作は彼のフィルモグラフィーでも指折りの大ヒットとなった。
莫大な冨を築き、男っぷりのいい名士として振る舞っていた夫がこの世から去った。余裕と優しさを兼ね備えた夫が手がけていたのは実はいかがわしいビジネス。身近な女友達さえも愛人にしてしまう脇の甘さ。現実から目を背け続けてきたジャスミンは、夫の死すらも受け容れることが出来ず、うわごとばかりを口にする。

身の丈で生きる人たちを見下しはするが、ひとりになった自分の中身は空っぽ。一度身に付いた美と身分への執着だけが正気を保っている。かつてヴィヴィアン・リーが演じた『欲望という名の電車』と比較する論調が多いのも理解できる。このあたり、オスカーを受賞したケイト・ブランシェットの演技は、やりすぎず、見事だ。
80歳を目前にしたウディの自虐ぶりも老いてなお健在だ。ウディ自身の機械オンチのコンプレックスを反映したように主人公ジャスミンもパソコンすら扱えない。後半では彼自身の過去の恥辱的なスキャンダルさえも揶揄するようなエピソードを用意していて、思わず笑ってしまった。
私は、美しい女性の転落と狂気を観たかった。それでこの映画を楽しみにして劇場に駆けつけた。しかしながらウディ・アレンは社会との凶暴なズレを撮る人ではなかった。
『ブルージャスミン』は、上質のコメディだった。