『ランブルフィッシュ』 |
『ナインストーリーズ』に収録されている最初の短編に『バナナフィッシュにうってつけの日』がある。フランシス・フォード・コッポラは、『ランブルフィッシュ』の原作(スーザン・E・ヒントン)を読んだとき、このサリンジャーの作品を思い出したという。
コッポラが、唯一モノクロ撮影に挑んだ作品である。
当時騒がれたYA(ヤングアダルト)スター総動員の『アウトサイダー』ほどのティーンへの判りやすい訴えもなく、莫大な制作費をつぎ込んだ次回作『コットンクラブ』ほどの話題性もなく、『ランブルフィッシュ』は谷間の日陰のなかで淡々と公開された。
原作者も前作と同じであるように、配役も『アウトサイダー』をかなり継承しているが、あらためて確認していくとかなりの駒が揃っている。
兄への強い憧憬を持つ不良少年ラスティー・ジェームスを演じるのは当時アイドルとしての絶頂期だったマット・ディロン。孤独がつきまとう兄”モーターサイクルボーイ”を演じるのは『ダイナー』で注目され始めたミッキー・ローク。酔いどれの父にはデニス・ホッパー。他にも恋人役には少女から女へ変わる時期のダイアン・レイン。仲間にはニコラス・ケイジとクリス・ペン、ヴィンセント・スパーノ。行きつけのビリヤードバーの店主にはトム・ウェイツと続く。
コッポラは、初めての黒白映画の映画的な効果を、手探りで愉しみながらキャメラをまわしているようだ。'50年代アメリカのB級映画のようでもあるし、イタリアのネオ・リアリズモの作家のようなカットもある。黒澤明ファンのコッポラだから、『天国と地獄』へのオマージュと思しき着想も認められる。The Policeのドラマーであるスチュワート・コープランドの音楽だけが、'80年代の映画ということを明確に表している。
『ランブルフィッシュ』では、実にデリケートな会話が兄弟の中で交わされる。高い声質で、柔らかく、消え入るように囁かれるミッキー・ロークの言葉は、希望を持つことの危うさを寡黙に伝え、青春期の残酷さを露わにする。
『ランブルフィッシュ』は、'80年代の青春映画として蔵の中にしまっておくのは勿体無い作品だ。ラストシーンで逃がされる闘魚ベタのように、このフィルムにも時代を超える自由を与えるべきである。