なにせ15年ぶりの独り暮らしである。どんな感じだったかほぼ忘れかけていた。
しかし14年間の結婚生活を経て、僕の女子力は意識せずとも確実に高まっていた。
まだ引っ越して一ヶ月にも満たないが、ほぼストレス無く生活できる部屋が整った。当時とは違い、僕は柔軟剤の使い方とか洗濯物の干し方とかキッチンペーパーの利用価値ということを知っている。
以前は製氷とアイスクリームの保管くらいしか用途を思いつかなかった冷凍室にもいろんな食材が詰め込まれている。そう、僕は間違いなく成長しているのだ。
日本の老舗、カリモク60の1シーターのチェアとカフェテーブルを購入してコックピットも確保した。やや頼りなくはあるが、Bruetoothのスピーカーで音も操れる。バリ島から仕入れた間接照明で部屋を怪しく彩ることもできる。特に洒落てもいないが、落ち着いた部屋になった。
そうなると当然、音楽と酒を体内に取り込みたい。
今夜は独身当時を思い出してEverything But the Girlの『Walking Wounded』だ。女子化が確実に進行していく僕にも、彼女の声ならしっくりとくるだろう。
このアルバムが発売された当時('96年)、僕は独りでこのアルバムを何度も聴いていた。当時付き合っていた彼女とまったく結婚を意識しないわけではなかったが、何か違うと思っていた。相手の家族に会うことも日常のようになっていたが、そういったあまりにも段取りの良い”ことの運び方”にも違和感を感じていた。
その頃このアルバムを聴いていると、どんどん情緒的に取り込まれていく自分に対して「本当にそれでいいのか?」と冷たく突き放されるような気がした。いままでのEBTGとは違うドラムンベースの無機質さに多少の反発も感じながら影響されていたのだろう。そしてそれは、当時の僕にとってむしろ心地よい後押しだった。
結果、二年後に今の妻と出会い、数ヶ月後に入籍することになった。
それが正しい選択だったのかどうかなんて誰にもわからない。
でもその選択がなければ、僕は明らかに今と違った人生を送っている。僕よりも遥かに徳のある双子たちを授かることもなかった。
あの時期に、このアルバムに出会って良かったと思っていることだけは間違いない。