2012年 08月 26日
『甘い罠』 |
あなたが本物のサスペンス映画に酔いたいと思うならば、このフィルムを避けてはならない。
クロード・シャブロルの2000年のフィルム、『甘い罠』である。
裕福な家庭と美貌に恵まれながら、自分の出生に謎があることを知ってしまったピアニスト志望の若い女性ジャンヌ。彼女が自分の父親かもしれないと淡い妄想をし、接近していくのが憧れの天才ピアニスト、ポロンスキー。そしてポロンスキーの後妻に座ったミカは、相続したチョコレート会社を経営するセレブリティという設定である。
ジャンヌを演じるアンナ・ムグラリスの瑞々しい美しさ。所作の一つ一つに弾力があり、ベルトルッチによる『魅せられて』でリブ・タイラーに接したときにも感じた、若さだけが持つ残酷さを思い出す。
実際にミュージシャンでもあるポロンスキー役のジャック・デュトロンも、芸術家特有のいい加減さと、そこから生じる負の色気をまとっていて良い味を出しているし、謎の女ミカを演じるイザベル・ユペールの演技も充実している。
しかし、この映画はシャブロルのものだ。経験もさることながら、やはり映画は才能が全てなのだ。灰色の砂利の上を黒服のイザベル・ユペールが歩く。ただその姿を見下ろしただけなのに、その画面の完璧な美しさに思わず息をのむ。さらに、ここしかないというタイミングでのズーム。レナート・ベルタのキャメラも冴えている。
結末を知ろうとも、何度観ようとも、面白さを感じられてこそ一級のサスペンス映画だが、この作品がまさにそうである。観るたびに物語を深読みし、謎を深めさせられていく。
鏡、ガラス、器、それぞれの小道具の扱いも見事である。
そして物語の鍵となるのが、リストの「葬送」と、ミカが時折つむいでいる蜘蛛の巣のような編み物である。
ジャンヌのコンクールの課題曲としてポロンスキーから手ほどきを受ける「葬送」は誰のためのものなのか。原作のタイトルでもある「見えない蜘蛛の巣」に絡み取られるのは誰なのかが明らかになっていく。
「私は悪に長けているのよ」と言い放つ女。
こういうセリフを前にし、冷たくて気品のある映像に触れていると、”ああ、いま、まぎれもなく、映画を観ているのだ”という幸福感に包まれる。
ラストシーン。女はみずから編みこんだ蜘蛛の巣に絡み取られるようにソファに横たわり、そして望んで屈葬されるかのように静かに身を縮めていく。背後ではポロンスキーによるリストの「葬送」が奏でられる。
映画は教えてくれる。女は、息をするように、罪を犯すものなのだと。
クロード・シャブロルの2000年のフィルム、『甘い罠』である。
裕福な家庭と美貌に恵まれながら、自分の出生に謎があることを知ってしまったピアニスト志望の若い女性ジャンヌ。彼女が自分の父親かもしれないと淡い妄想をし、接近していくのが憧れの天才ピアニスト、ポロンスキー。そしてポロンスキーの後妻に座ったミカは、相続したチョコレート会社を経営するセレブリティという設定である。
ジャンヌを演じるアンナ・ムグラリスの瑞々しい美しさ。所作の一つ一つに弾力があり、ベルトルッチによる『魅せられて』でリブ・タイラーに接したときにも感じた、若さだけが持つ残酷さを思い出す。
実際にミュージシャンでもあるポロンスキー役のジャック・デュトロンも、芸術家特有のいい加減さと、そこから生じる負の色気をまとっていて良い味を出しているし、謎の女ミカを演じるイザベル・ユペールの演技も充実している。
しかし、この映画はシャブロルのものだ。経験もさることながら、やはり映画は才能が全てなのだ。灰色の砂利の上を黒服のイザベル・ユペールが歩く。ただその姿を見下ろしただけなのに、その画面の完璧な美しさに思わず息をのむ。さらに、ここしかないというタイミングでのズーム。レナート・ベルタのキャメラも冴えている。
結末を知ろうとも、何度観ようとも、面白さを感じられてこそ一級のサスペンス映画だが、この作品がまさにそうである。観るたびに物語を深読みし、謎を深めさせられていく。
鏡、ガラス、器、それぞれの小道具の扱いも見事である。
そして物語の鍵となるのが、リストの「葬送」と、ミカが時折つむいでいる蜘蛛の巣のような編み物である。
ジャンヌのコンクールの課題曲としてポロンスキーから手ほどきを受ける「葬送」は誰のためのものなのか。原作のタイトルでもある「見えない蜘蛛の巣」に絡み取られるのは誰なのかが明らかになっていく。
「私は悪に長けているのよ」と言い放つ女。
こういうセリフを前にし、冷たくて気品のある映像に触れていると、”ああ、いま、まぎれもなく、映画を観ているのだ”という幸福感に包まれる。
ラストシーン。女はみずから編みこんだ蜘蛛の巣に絡み取られるようにソファに横たわり、そして望んで屈葬されるかのように静かに身を縮めていく。背後ではポロンスキーによるリストの「葬送」が奏でられる。
映画は教えてくれる。女は、息をするように、罪を犯すものなのだと。
by cassavetes69
| 2012-08-26 11:27
| 映画
|
Comments(2)
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by
ようこ
at 2012-08-26 22:09
x
わー、更新されている…!と喜んだのは、きっと私だけでないはず(笑)
この監督さん、たくさん映画を撮ってるんですね。半世紀も…!
イザベル・ユペールしか知らないけど観てみます、また楽しみができました。
一度でいいから悪女みたいなマネしてみたいです。
全然似合わなくて、笑われそうだー(笑
この監督さん、たくさん映画を撮ってるんですね。半世紀も…!
イザベル・ユペールしか知らないけど観てみます、また楽しみができました。
一度でいいから悪女みたいなマネしてみたいです。
全然似合わなくて、笑われそうだー(笑
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by
cassavetes69 at 2012-09-02 11:35
ようこさん。早々のコメントを放置してすみません。誰も記事のアップを期待していないとは思いますが、そう言っていただけるのはかたじけないです。
「甘い罠」はファッション的にも楽しめます。なんとも優雅で、毒があって、映画に酔えます。是非、悪女ぶりを参考にして実践してみてください。
「甘い罠」はファッション的にも楽しめます。なんとも優雅で、毒があって、映画に酔えます。是非、悪女ぶりを参考にして実践してみてください。